心の安全運転
アメリカやカナダでは、横断歩道で歩行者を見かけるとほとんどの車が止まって横断をさせるそうです。
もちろんその反面、それらの国々で、歩行者が自分の権利を主張して自動車などお構いなしに道路を横切るという光景を目にしたこともありました。
しかし、欧米人にとって、横断歩道で自動車が停車しないということは、ナイフを振り回して人混みを突き進むのにも似た感覚があるのだ、と何かで読んだ記憶があります。
運転技術は、運転の年数に応じて向上してゆくはずですし、スムーズな運転方法も身についてゆくでしょう。
けれど、肝心なのは、自動車を運転していることが、「一歩間違えば、人の命を奪いかねない凶器を扱っている」という自覚があるかどうか、ということのように思います。
「車地獄」という言葉は、今日ではあまり使われなくなった表現ですが、それは自動車による悲劇が少なくなったからではなく、それ以上に様々な問題が生じたことで、相対的「目立たなくなった」だけではないでしょうか。
安全第一を最優先にして人に優しい運転こそ、ドライバー自身のためでもあります。
悲劇は起こった後では取り返しがつきません。
運転の技術ではなく、運転する人の「心」が問われている時代がやって来たのかもかも知れません。